SEN’s life

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道徳教育 評価の必要性があるのか?

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どうもSENです。

 

今年の春から小学校では道徳が正式な科目扱いをされるようになり、中学校では来年度から科目化されるようです。

 

 

 

(以下引用)

「道徳」が学校の正式科目となったのは、じつに七十数年ぶりのこと。戦前の「修身科」が敗戦で廃止されて以来の復活とも言える。

 

 

[引用元]

headlines.yahoo.co.jp

 

 

 

え?道徳が教科として存在していたのは戦争時代だったの?と記事を読んでいて驚きを隠せません。

その頃と言ったら(少し言いすぎかもしれませんが)戦争のために子供達に洗脳的な教育をしていたわけですがそれが例の「修身科」です。

 

 

私を含めて多くの人は思うことでしょう。昔と同じことをしていていいのか?と

 

今の時代自分の意思を持ってしっかりと行動できる人が成功すると言われているのに、道徳を教科として評価をすればみんな普遍的なことしか考えられない同じような人間になってしまいます。

このままでは多くの人は大人達に操られるように、普遍的な意見を言い、普遍的な行動をするようになるでしょう。(語彙力が無くて上手く説明出来ずすいません)

まさしく日本人は

マリオネット

になろうとしているのです。

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まだ小学生のうちならみんな同じことを考えていても良いでしょう。小学校で扱う道徳はお友達とは仲良くして、生き物は大切に、感謝の心を忘れない、こういうような基本的でとても大切なわけで。これらのあり方は全世界共通といってもいいほどです。

 

一方で中学校で扱う道徳の内容といえば自己のあり方や自分の将来について深く考えるわけです。

 

そこでです。道徳を評価する時に

 

【生徒A】自分は正義感が強いので将来は警察官などみんなの味方になるような将来を夢見ている。

【生徒B】自分は特に人の役に立つ訳でも迷惑をかけるわけでもなく普通に暮らしたい。

 

の両者がいた場合評価しなくていいのであればどちらも自分の意思を持って将来を考えていることに本来は価値があるかと思いますが、

これが評価されるようになれば、とたんに【Bさん】のような考えの人は【Aさん】のような考えの人よりも悪評が付くでしょう。

すると、みんな取り憑かれたように将来の夢は〇〇出なくてはならないみたいな感覚に陥ってしまう子もいるのではないでしょうか。

 

 

個々の多様性の尊重のためにも私は道徳の評価はしな方、いいのではと思います。

(それに先生の業務も増えるし)

 

 

今回はこの辺で終わります。次回の投稿をお楽しみに。